羽崎泰男の子ども雑学Vol.3

羽崎泰男の子ども雑学Vol.3

ちょっと前までは子育てに奮闘していたのですが、気がついてみると、いつの間にか孫の成長が楽しみな爺さんになっていて、「東京ジージ」と呼ばれて、ニンマリ、何とも言えない心地良さを感じるこの頃です。

前回の「羽崎泰男の子ども雑学Vol.2」はこちら

こどもの城回想②~世界に類を見ない子どもの施設~

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私はこどもの城が開館する前の準備室時代から入ったのですが、表現できないほどのワクワク感がありましたね。何といっても「世界に類を見ない子どもの施設」との殺し文句に「ビビビー」ときて、当時持っていた大学教員への舗装された道路を、先に何があるかわからないような山道に踏みこんでしまったわけですから。

しかし、その後、施設の設計図やそれまでの有識者と呼ばれる方々の懇談会記録、提言等を見ていくと夢のようなものが日本にできるわけで、その様を頭に描くだけでも心躍るものがありました。

表参道から渋谷へ

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当時、建設予定地は青山通り沿いの都電の跡地、夜ともなると薄暗い、人通りの少ない何ともさえない場所で、現在とは比較、想像できないものでした。我々の歌い文句が「表参道から渋谷への道に人の波を作る」でしたが、今考えると地域を一変させてしまうようなことですから実に大胆なことを真面目に考えたものです。

 でも、その大胆なものを誰も疑わずに目指して精力的に準備していったのですから我がことながら凄いですね。

当時の顔触れはそれぞれの専門家集団で実に個性的で好奇心旺盛で、何と言おうか・・・面白い連中が多かった。世界に類を見ない「国立総合児童センター」の誘惑にまんまと乗せられた巨大な集団・・・というとちょっとオーバーですが、そのエネルギーは当時のバブルにも後押しされて何倍もの力を持っていたのでしょうね。

 次回は満を持しての「こどもの城の開館」についてお話しましょう。

つづく

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